タリーズコーヒー創業秘話 すべては一つの作り話から 最終章

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このブログの反響が大きいせいでしょうか?
先日、再び取材の依頼を受けました。
私は「真実」を語る身ですので、もちろん快くお受けしました。

ところで「ビジネスパートナー ミッキー」についての最後の締めくくりです。私自身、この章にはひどく傷つき、法的措置をも辞さない覚悟の為、長めに書き綴っています。(ある意味、私と知り得る名前を無断で使用し、しかも事実無根の出来事を書き連ね、著しく名誉を傷つけているこの章がなければ、私は沈黙を貫いていたでしょう。)それは一般の方を含め、私を昔から知っている方々や友人、家族、ニュージーランドで共に過ごした、または現在も交流を続けている「友」の為に、”「真実」を語りたいから”なのです。

「私はこの本に書かれているような人物ではない!」と・・・。

この本には続いて私の父が登場してきます。

「私(ミッキー)が店を飛び出して....彼の父親から電話があった」と書かれています

「ロコ・トレーディング」の役員退任と負債の返済、連帯保証人、及び担保については、既に弁護士さんを通じて書類が作成されており、それにお互いサインをして合意を得てはいました。しかし、肝心の返済方法や金額等の細かい部分がいつまでも放置されていたので、私達当事者同士では「感情のぶつかり合い」になってしまう為、彼は当時会計事務所に勤めていた北島(三和銀行同期;後にタリーズの会計担当)を連れて、こちらは私の父が間に入り、話し合いを進める為でした。
つまり、彼らが私の実家に来た時には「返済方法」(個人的にタリーズに出資している現金の部分の返済計画)を承認する為のミーティングでした。その前の時点で私も銀行員をやっていましたから”急に担保を抜く事も出来ないし、仮に会社の役員を辞任しても連帯保証人という責任は負わなければならない”という知識くらい、当然ありましたからね。

この本には「すぐに私は彼の実家に飛んで行った」と書かれてありますが、下手をしたら何時まで経っても来なかったでしょう。すごく「不誠実」でした。ですから冷静な私の父に頼んで、呼んで貰ったのです。しかもまず、会計事務所の北島に頼んで、やっと実現したのです。彼はそれ程、無責任感だったんですよ。

「私はかなりの悪者扱いである。」と書いてありますが、その通りだったと思いますね。このブログを読んで頂ければ分かると思いますが。

先日の、彼からの電話でも追及した点なのですが、
この本には「ミッキーはその後.....1年後彼がタリーズ本社に現れたのだ。私は外出して会ってはいないが、応対した社員から話を聞いて驚かされた。」とあります。

事実はこうです。
私はNZの永住権の書類にサインを貰う為、彼とアポを取り、実際に彼と本社で会いました。そして目の前で彼にサインを貰いました。その間、15分程度でしたかね。それが、私がタリーズを完全に去ってから、今日までで、唯一の面会です。

この件を先日の電話で問い詰めると、彼は、YesでもNoでもない答えをして、とてもバツが悪そうでした。彼のサインは今もNZの移民局の書類倉庫に眠っていますから、絶対にNoとは言えません。

そしてこの本には
「私が(ニュージーランドでサーフィンする)と言い残して、行方がわからなくなった」とか
「オリンピックの出場を目指して野球チームのコーチをしている」
なんて書いてあります。

「ニュージーランドでサーフィンする」
そんな暢気な気持ちでニュージーランドに来た訳ではない事は、前述しました。こちらで一度もサーフィンをした事はありません。
”こんな事”を書かれているなんて夢にも思いませんでした。

「野球のコーチでオリンピックを目指す」

私はニュージーランドで野球を続けています。しかしこの国は「ラグビー王国」、そう!オールブラックスの国なのです。ですから野球は日本の様に、国民的スポーツではありませんし、オリンピックなんて(もう種目から無くなってしまいましたけど。)到底ありえない、「マイナーなスポーツ」なのです。しかし、ソフトボールは世界でも有数の実力を持つナショナルチームが存在します。が、なかなか野球にまでは発展しないでいます。

2,3年程前、私の住むここオークランドに、サッカーの元日本代表、中田英俊選手が楽天の田中選手(マー君)を呼んで、彼に”こちらの数少ない少年野球チームの野球指導を体験して貰う”という、興味深い日本の番組の撮影がありました。
その番組のコンセプトは、”スポーツを通じて世界を理解しよう”といった感じでした。田中選手と言えば、日本では超有名なプロ野球選手なのですが、野球が殆ど知られていないここニュージーランドの子供達にとっては「ただのスポーツ選手」と言うか「、単なる野球の上手なお兄さん」くらいにしか写らなかった事でしょう。
この番組で田中選手は「世界の中の野球というスポーツの存在」を実感していましたし、中田英寿元選手とのインタビューも印象的でした。

その位、ニュージーランドでは野球は「マイナーな存在」なのです。シニアチームがオークランドで6チームほど、夏のシーズンのみリーグ戦をやってるような感じです。

野球の現状はさておき、「私が野球が好きな事」はおわかり頂けたでしょうが、問題は彼の言うように「私がオリンピックなどという、とてつもないバカげた夢を持っているのか?」という事です。
そして彼は「そんな彼がお堅い銀行員だったというのは、読者にとっては信じ難い話かもしれない」と続けています。

これは完全に誹謗中傷ですね。

私はこの「コキ落とし」を”絶対に許しません”。

さらに最後にこう締め括っています。

「...彼の好物のステーキとバドワイザーでも前に、昔話でも出来たら楽しいだろうと思っている。」

私はステーキは好きですが、今でもお酒は飲めません。銀行員時代、サラリーマンの宿命として酒の席に毎回出て、無理して飲んではいましたが、彼とロコ・トレーディングとして新たな出発をしてからは、例えタリーズやダンケンズとのミーティングの時でも(日本の様な「俺の酒が飲めないのか?」的な文化が欧米にはありませんから。飲まなくてもOKでした。)”一度も飲んだ事が無かった、私が酒を好きではなかった”事を、彼は知ってるはずです。先日の電話の時にも彼に言いましたよ、「酒が飲めなかった事」を。

つまり、最後の最後まで「捏造」してある事を理解して頂きたいのです。

彼は9月28日の電話でこう言いました。

「日本に帰ってくる時は、電話して来てくれよ。飯でも食って話をしよう!」

これは前回の週刊文春の記事の影響力を感じ、13年振りに親しげに、でも下手(したて)にNZの自宅まで電話をして来て、私の”御機嫌取り”をする為のものでした。

「この本の存在が消せないままでは、会う気も無いし、話す気も無い。とにかくこの本をどうにかしろ!話はその後だ!!」と私が返すと、「携帯電話の番号を渡しておくから。」と彼は言い、
「そんなのは必要ないし、連絡もしない。」と再度断ると、松田は
「嫌われちゃったのかな?携帯電話の番号も受け取って貰えないのか。」と残念そうに言い、最後に更に「議員会館に住んでいるから、日本に来たら寄ってくれ。」と本当にしつこかったです。
私は「じゃあな。」と言って電話を切りました。

この電話は、とても前回の週刊文春でのコメント「あの本が全てです。」とか、「彼自身のブログで発言している内容」と大き”「乖離”していると思いませんか?

私はこのブログで、多くの人達から勇気と声援を頂いています。
「真実」を告白して、あの「すべては一杯〜」という捏造本の撲滅を目指します。


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