松田参議院議員からの電話 9月28日2010年 

私は本業の不動産業で、日々、忙しい暮らしを送っていますので、なかなか連載出来ないのが現状です。それでもこのブログを御覧になっている多くの方々から「本との具体的な相違=捏造部分を教えて!」とか、「もっと早く知りたい!」という様々な要望、応援のメールを頂いたりしていますので、今後なるべく詳しく書いていきたいと思っています。そしてUpDateも頑張ります。
この本を買ってもらっては困るんです。私はこの捏造本の「撲滅」「廃盤」を求めていますから・・・。これからも尚、本の著者、政治家としての「責任」を追求していきます。

実は、9月28日火曜日のNZ時間9時頃、松田公太本人からNZの自宅に電話がありました。内容は、簡単に言えば「日本に来た時は飯でも食って話をしよう。」と。「”事実の告発”に関して、会って話がしたい。」との打診が本題でした。遠まわしの「火消し作戦」です。勿論、「話をするのは”まずこの本をどうにかしてから!”この本が解決すれば、会う事はそれから考える!」と突っぱねました。

当たり前です!
会う訳ないでしょう。”こんな本書いてて、どの口がそう言える?”正直見て見たかったですけどね、顔を。

最後に、「携帯電話の番号を受け取って貰えないか?」言ってきましたが、「いらない!日本での面会も本の存在がある以上は無理。」と拒否すると残念そうでした。彼はしきりに「俺の本はたかだか10万部、ミッキーの週刊文春(私はあくまでも取材に答えただけですが。)は60万部以上!だからこの本の影響は少ない!なんて無茶苦茶な事を言っていました。
そしておまけに、「えっ!?読んでなかったの!!!?」”お前何様だ!”って言うのが私の本音です。こんな事を書いておいて、「何で読んでないの?」と言わんばかりの図々しい態度には驚きました。うちの母親名義の土地を担保に入れて、借り入れを起こし、私が抜けた後も担保はその後3年間継続して担保として提供し、私自身も連帯保証人として、いつ来るかもしれない「倒産」の2文字に怯えながら、度重なる返済遅延(私たち家族への個人借り入れ返済)に文句も言わない我々を良いことに、私の事を「あんなにもコケ落とし」(あの本のミッキーは、単なるお気楽、能天気な変人キャラクター)、私の家族へのリスペクトを完全に無視した「すべては一杯のコーヒーから」という”妄想、捏造本”を書いている政治家が最後に言った言葉に私はキレました。

「返済が終わったので、お前の実家の住所とかすべて消去した!」

私は本当にこの新人政治家(タリーズ創業者)には呆れました。私の母はタリーズオープンの97年の9月にアルツハイマー(当時57歳)と診断され、それがタリーズを去った大きな要因だったのです。どうやって開業資金が集められたかを開業資金についての章でまた詳しく綴っていきますので、それを読んで頂ければ私の気持ちが分かってもらえることでしょう。

正直、今回の電話での私の反応に、本人はバツが悪そうでした。そして私も追い討ちを掛けるようにある出来事(本には私がNZに行った後、タリーズ本社に現れて、彼は外出していて”直接会っていない”...)について聞いてみた。私はNZの永住権の申請に必要な「勤務証明書」(ロコトレーディングの代表取締役として働いていた証明書をNZの移民局に出す書類)のためアポを取り、確か笹塚辺りのタリーズ本社に松田本人のサインをもらいに行って、”10分くらい世間話をして、本当は会っていた事”を問い詰めた。彼は勿論口ごもり、何も言えなくなってしまい、話を変えてきました。(この時のやり取りで、一気に色々と思い出しました。昔もよくこうやって、はぐらかされたり、ごまかされたりした事を・・・。)

この電話は25分くらい続きました。最初に受話器を取ったらハウリングして、もう一度掛け直してきました。、政治家ですから”録音”でもしていたんじゃないでしょうかね?会話を。内容についてはまた記事と照らし合せて綴っていきます。


前置きが長くなりましたが、捏造はまだまだ続きます。

日本における利権獲得

帝国ホテル?でトムに会った話(1996年と書いてありますが....まだ彼は銀行に居たはず。)そして、行ってもいない妄想の3回目のシアトルの話.....
その3回目のシアトル訪問(真実は2回目の。前回の話で書いた話です)で、
シアトルで有名なシーフードレストランでの契約交渉!?これは本当はダンケンズのダンが自前のクルーザーでシアトルの水上クルーズしてくれて、所謂「アメリカンドリーム」的なビジネスミーティングに招待してくれました。実際ボート音もうるさいし、英語は聞き取れないし、ほとんどアクティビティーそのものでしたが、あれにはシビレました。これぞ!アメリカ!!みたいなダンのもてなしに我々も有頂天。その後、シーフードレストランで飛び切り美味しい(でも覚えてないんですよね、何を食べたのか)を済ませ、最後はダンの自宅に御招待を受け、彼の奥さん(確か元ミスバンクーバー)ともお会いして、素敵なシアトルの夜を過ごす事ができました。確か「万年筆」はダンからの物だったと思います。僕は貰えませんでしたから。あの時、たぶん英語の不十分な私を「共同経営者」と紹介する事無く、ただの「店長」くらいの扱いだったんでしょうね。今思い返せば。

ですからこの本に書かれているような「タリーズとの契約」はシーフードレストランでは在り得ませんでした。契約は事務所で淡々と行われ、たぶんトム自体余り期待してなかったと思います。たぶん日本から来た豆を買ってくれる、良いお客さん!程度だったかもしれません。
この本の全ては「ダンケンズとロコトレーディングの劇的な契約物語」がタリーズに置き換わっています。そうなんです。シーフードレストランは「ダンケンズ」との契約だったはずです。本当にダンが可哀想です。

さてタリーズの契約内容は?
タリーズとは一年契約で確か200万円の契約金でした。内容については日本での独占販売契約というザックリした物でした。後のこの契約書が「タリーズの大問題」に発展するとは夢にも思いませんでした。(私はその時は外部の人間で、この本を読むまで知りませんでしたけど)
契約金が「ゼロ」?とこの本には書いてありますが。もし本当なら彼から私は騙し取られた事になりますね、この200万円を。








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